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zoom RSS 樅の木は残った

<<   作成日時 : 2017/03/04 15:14   >>

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平成29年3月4日、山本周五郎「樅の木は残った」を読了した。

あらすじ:伊達家一門の伊達兵部と徳川幕府老中酒井雅楽頭との間で伊達家取り潰し、私物化を図る密約が取り交わされた。それを知った伊達家家臣原田甲斐宗輔が、伊達藩の安泰のため逆臣の汚名を被りつつその企てを阻止する。

60歳以上の方にとってはNHK大河ドラマの記憶があるかもしれない。私も原田甲斐に扮する平幹二郎を覚えている。しかも私にとっては地元を舞台にした小説でもあり、それを今まで(現在66歳)読んでいなかったというのは甚だ面目ないということになる。

彼が逆臣だったか忠臣であったかは諸説あるというが、山本周五郎は資料を集め「彼の心の内に分け入り」その結果、忠臣として描いたものである。
小説の最後、酒井邸における原田らに対する惨殺と、それを受けて原田が「逆臣の汚名を被り身命を賭して伊達藩を守る」場面は、大迫力だ。

小説に出てくる地名にも懐かしいものがあった。一ノ関や船岡など比較的著名な場所以外にも、小野・北村、米谷・寺池・涌谷・松山も地図上に思い浮かべることができるし、実際の街並みも見ている。
中でも、「くびじろ」に出てくる阿武隈川(船岡近辺の)、正覚寺、甚次郎(神次郎)、釜ノ川、沼辺、青根温泉、青麻山などは昔の職場との関係で特に懐かしい。

その後、次の2冊を読んでみた。
小林清治著「伊達騒動と原田甲斐」:伊達家の歴史、その統治の特徴、家臣団の来歴等の説明も加え次のように述べる。
略−[ひとことで結論をいうならば、「伊達騒動」とよばれる長期の事変は、地方地行と在所拝領にもとづく仙台藩のおくれた構造に立脚しながら、権力の集中強化がはかられる過程でおきた。その集中強化は、兵部・甲斐・金兵衛らによって自発的に進められた面もあるが、幕府課役によって生じた財政難を打開するためのものという意味では、間接的に幕府から強制された一面をもっている。]−略−[おおづかみにみれば、「伊達騒動」は、奥山大学や伊達兵部・原田甲斐・渡辺金兵衛らの進歩主義と伊達安芸に代表される家臣たちの保守主義の対立とひとまずみることができる。]−略

平重道著「仙台藩の歴史―2 伊達騒動」:上著と同様の詳細な説明の後、次のように述べる。
略−[伊達騒動は以上述べたような、藩内権力の対立、抗争の決算として発生したものである。その原因は深く、かつ遠いと云わなければならない。]−略−[戦国以来の大名である仙台藩には、古い身分制度や、前代以来の慣行がたくさん残存していた。これらを保存しながら、新しい文治体制をつくることは、なかなかの大事業である。したがって藩主と家臣との支配関係も、領内の統治の機構も、新しい藩のようにすっきりと単純化されない面がある。そのような矛盾をふくんだ内部情勢が、戦国的体制から脱皮して新しい体制に向う途上に、幼君出現という非常の事態をむかえ、後見政治の梶の取り方の拙さも加わって、勃発した一大異変、これが伊達騒動であった。]

(私の感想:忠臣・逆臣という単純な色分けはできない。なんといっても最大の目標は藩の存続である。)

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