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zoom RSS 私と妻、家族の「東日本大震災」

<<   作成日時 : 2011/04/08 23:27   >>

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今日は平成23年(西暦2011)4月7日。
本日の我が家の花々です。・・なぜか・・今年、花を見ると殊の他心が和みます。やはり季節は廻ってくるということでしょうが、私の心もダメージを受け癒しを求めているのかもしれません。

いまだかつて経験したことのない凄まじい地響きと揺れ、巨大津波、放射能の見えない恐怖・・不安!それらによる甚大な被害!
日本人全員が、今、癒しを求めていることでしょう・・!
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平成23年3月11日(2011.3.11)は「東日本大震災」でした。早一ヶ月になろうという今も、大地震・大津波・放射性物質漏えい汚染等の大惨事に対し、昼夜を問わず懸命の救助活動、復旧活動、諸々の支援活動や励ましの活動が、現地のみならず国内外全世界で行われています。

亡くなられた多数の方々のご冥福を心からお祈りいたします。そして、今生きている私たちは皆で全員でスクラムを組んでこの困難に立ち向かい必ず立ち上がりましょう。
「がんばろう東北。頑張ろう東日本。ガンバロウ日本。」

我と妻の「その日」を残します。
私:職場でした。宮城県南部、市内に海岸も含む某市内が職場。5分とも云われる長い長い長い波状的な激震。室内で(すぐ治まるだろうとの思い込みから戸外への脱出は−結果的に−できず!)書棚を抑えてました。建屋及び職員は無事。
家内に携帯しました。父母妻は無事、屋根瓦が崩れたとのこと。
通信情報手段、交通手段途絶、上下水道電気ガス等断絶。余震激し。ヘルメット装着。私の部下(アウトドアが趣味)がどうにか帰宅し自宅から救急セット[食糧含む]持ち込む。別の部下が自宅から食糧を提供。ラジオ付ける。大津波到来を知る、甚大な被害だろうと想像する。職場横の用水路が逆流し水位上昇。全員徹夜、しかしまんじりともしない・・被害はどのような状況だろう?成すべきことは?明日はどうする?・・。

ふと外に出てみる、と満天の星空!(尾瀬、鳥海、秋田駒、吾妻小富士あるいは北・南アルプスなどで昔見たな・・と、一瞬心をよぎる)・・不気味な煌き、と感じた。

妻:父とDIYセンターで買い物中でした。父を店員と護り脱出し、家に一人いた母の安否確認をするため我が家へ(DIYセンター社員の車中に父を預かって頂く)。母の無事確認。避難所への非難も考えたが、父母の状態や長男家族を考え自宅車庫で(妻父母が1台長男家族が1台、に分乗)夜を明かす。・・2台ともガソリンほぼ満タン。

≪我が家の悲しみ−妻の姉家族が気仙沼在住でしたが、姉の主人と母親が行方不明となりました。一緒に住んでいた妻の母が奇跡的に助かったのがせめてもの救いです。》

≪妻が一番嬉しかったこと−長男家族がいてくれたこと。後日高速バス再開と同時に二男が食糧やミルクなどを抱えて東京から駆けつけてくれたこと。》
≪父母が一番嬉しかったこと(私の想像ですが)−曾孫が毎日家に居てくれたことと彼の笑顔》
≪私が一番嬉しかったこと(家庭)−長男と二男の成長。妻と父母と同じ。》
≪私が一番嬉しかったこと(職場)−職員が自分(達)のすべきことを積極的に見つけ毎日実行し続けたこと。互いに良い影響を与え合い助け合えたこと。》



(4月7日深夜、最大余震発生!我が家の破損個所が拡大・・こんな後になってこんなすごい激震が再来するとは・・広範囲で停電!・・なぜ?と考えても詮無き事、しかしなにかやるせない。被災者や関係者の疲労を弥(いや)増したことだろう・・しかし、我々は負けるわけにはいかないのです。 ・・4月8日 竹内まりや「人生の扉」をyoutubeで聞きながら記します・・)

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