人生は気まかせ筆まかせ

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<<   作成日時 : 2011/02/10 22:25   >>

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(退職するにあたり、仲間内の会報に載せた拙文を残すことにします。

今振り返ると、在職中の具体的な思い出が様々蘇ってきますが、それは胸に留めるとして、「人生は気まかせ筆まかせ」私の歩むべき小径はまだまだ続きます。それと「旧奥州街道」の良さを伝えておきたかったこともありますがね・・歩いてくれるとうれしいな・・

いずれにしても一つの区切り、これからもフットワークよろしく前向きに「足満可勢」!で歩きます!)



謝辞並びに「旧奥州街道」
                         
様々な人と出会い 互いに支え合い 幾重の教えを受け多少は力にもなり 酒を飲み笑い語り 悲しい別れもあった 反省と後悔を繰り返し その時々の複雑な思いはあったにせよ良い思い出を抱き 退職する 今振り返り心から頭を垂れよう 有り難きかなと 然り而してしばしこの小径を行く   「たのしみは心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよるとき(橘曙覧)」

(「旧奥州街道」の一部を歩いたので書き残し私の「中締め」とします)
宮城県内の旧奥州街道にはご存じのとおり、南の越河宿から北の有壁宿まで、そして栗原地域では、高清水−築館−宮野−沢辺−金成−有壁と宿が連なります。以前、沢辺宿から有壁宿を抜け一関市真柴祈祷地区までの旧街道を歩いたので、それらを拙文で恐縮ですが編集してみました。

地下鉄八乙女駅前7:21発の高速バスに乗ると栗原市金成総合支所前(沢辺宿)に8:30頃に到着する。この金成庁舎前の舗装道路から田圃の中の路(あぜ道状)を北東に辿るが、すでにこの路が旧街道の名残であり街道歩きの始まりとも言える。西に栗駒山の雄姿を望むことができる。歩いてすぐのショッピングセンター(これから先有壁宿までは店やトイレはない)で身支度を整えると準備はOK。駐車場の国道4号線寄りの空間を抜け、舌状に迫り出ている高台の先端に向けた小径を進む、金成宿である。

(金成宿:ハリストス正教会などあり)金成宿を抜け、宿の東を流れる夏川を小さな新町大橋で渡りすぐ左に折れる。ここからが本格的な街道歩きで、この先に待ち受ける旧街道を想うと弥が上にも期待が高まる。
緩やかに蛇行する路の前方に待ち受けるのが夜盗坂だ、往時は鬱蒼とした森林地帯で追剥が出たところから名付けられたとか。今は出ない(と思う)。路は快適。途中左手にある牛舎を過ぎた辺りに藪払いされていない右への路があり、一瞬こっちか、と迷うがこれは違うので注意しよう。

 さらに歩く。穏やかな坂を上りきる手前右手に見える牧草地の南縁に、平成21年12月に刈払いされた旧街道が延びているので今までの舗装道路からこの路(最初は泥濘、その後広い快適な路になる)に入る。左右を樹木に囲まれ枯れ葉が覆うこの路を、草鞋履きで歩いた古の旅人や商人、旅芸人や武士の往来、さらには参勤交代などに思いを馳せ歩くと、気分は江戸時代だ。入り口右手丘上には「首欠地蔵尊跡碑」も遺る。この旧街道、高速道で分断されているが、路の延長上の高速道反対側に続いている。

−この後、新鹿野一里塚、十万坂を経て有壁宿に至るが紙面の関係で略す−

(有壁宿:旧有壁宿本陣−元和五年(1619年)創設)右手に「明治天皇御野立所跡」標柱を見て坂を登りきると、有壁宿が姿を現す。下ってすぐ左の古碑群、宿場然とした下り坂の町並み、樹木が川面を覆う有馬川、その川の向かいに江戸時代からの姿を今に留める本陣が姿を見せる。ほオ〜!
宿を俯瞰した一幅の画の中を歩いている、そんな勝手な想像をしてみる。

宿を抜けるといよいよ「肘曲り坂」、ここから一関市内の旧国道4号線合流地点までの旧街道は、往時もかくありなむ、野趣満点の風情で私達を誘う。昼を済ませ靴紐を締直し、さて、案内板に従い峠を登るとする。
ほとんどが雑木、松杉の林でそれを左右に縫いながら続く路、人と出遇うことは稀(私はどなたとも遇わなかった)と思うが、要所/\に矢印も有り、事前に調べた略図を片手に概ね北に進めば間違いはない。
私が歩いたのは晩秋で、木々を彩る黄葉はすでに少なく足下のガサガサという大振りの音が静けさを引き立てる。

林道分岐や県境を過ぎしばし進むと、溜池の手前から右に(堤防沿いに)分かれ、平成22年11月に刈払いされた旧街道が木々と篠竹のトンネルの中に延びている。異次元への入り口のように。

往時、街道は地元の人々の労役によって維持整備されていたが、明治以降新たな道路の開通などで重要性が薄れ次第に藪に覆われてしまった、その荒れた街道が今復活し蘇る。それには観光やツーリズム、地域興しなどの現実的な背景があるにせよ、新たに刈払いされた路を歩いていると、携わった人達の旧街道復活と次世代への継承という純粋な気持ちが伝わり足に心地良い。古を慕うDNAが私達の中に連綿と脈打っているためだろうか・・。

泥濘んだ下り路をやがて抜けると、現代の農村風景が眼前姿を現す。路の左には、刻まれた文字は判然としないが、旅人が安全を祈りまた無事を感謝しただろう、そして今も里人と旅人それぞれの姿を見守り続ける、苔生した石碑が佇んでいる。静かに手を合わす。近辺の「鬼石」群と「鬼死骸」という地名も面白い。 さあ旧国道4号線合流地点はすぐそこだ。

国道342号線との合流地点にバス停がある。一関駅までバスに乗り、一関駅から仙台までの高速バスに乗ればいつもの日常が待っている。

参考:「くりはら研究所だより第18号〜第33号」(栗原市HP)
  :宮城県文化財調査報告書第60集(県立図書館)
  :「歴史の道調査報告書」奥州街道(県立図書館)
  :金成町の文化財−歴史の道
:他各種資料及び街道歩き関連ブログ

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