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zoom RSS 乙川優三郎 向椿山 安穏河原 山本周五郎 落ち梅記

<<   作成日時 : 2010/12/29 09:20   >>

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 いよいよ年末も迫ってきました。
 今年も読んだ小説は相変わらずの時代小説。楽しめましたが、なぜか久方ぶりで「乙川優三郎」に立ち戻っています。

 そして丁度今読んでいる「山本周五郎著:町奉行日記(新潮社)収載の〈落ち梅記〉」と平行して読み始め、心に残ったのが「乙川優三郎著:武家用心集(集英社文庫)収載の〈向椿山〉と生きる(文春文庫)収載の〈安穏河原〉」でした。

 切っ掛けは、ふと思いだして聞いた(ネット上の)NHKラジオ文芸館。収録されていた〈向椿山〉が目にとまり再生のクリック、でもなぜか中途で途切れてしまい、え?そんなばかな!と急遽近所の本屋さんに行き買い求めました。
 
 不十分さを詫びつつ要約すれば
 【心では将来を誓い合っていた岩佐庄次郎 と美沙生(みさお) だったが、庄次郎 がさらなる医学の修得のため古里を離れざるを得なかった五年の間、美沙生 はその間の精神的な疎遠に耐えきれず、結果、他人の子を身籠りしかも流産しさらに心を病んでしまった。庄次郎 と美沙生 の綾なす心の起伏と二人の再生(への兆し)の物語】です。

 それを読み終え、読後の充実感を味わい、ふと(そういえば彼の直木賞受賞作「生きる」をもう一度捲ってみるか)と思い、書棚から取り出して「生きる」を読み始めたのでした。「生きる」には3編が納められています(そうだそうだ思い出した)(以前読んでいますので速く読めます)。いづれも執筆に力がある、うーん!と改めて唸らざるを得ません。そして最後に読み始めた〈安穏河原〉・・(あ〜そうだ、これだ)と以前の感動が蘇りました。なぜかといいますと・・

 それは、「おなか、いっぱい」。(そう!思い出した。)乙川作品中最も印象深い言葉、これを文中に見つけたからでした。双枝(ふたえ) の武家の娘としての覚悟、その父である羽生素平 の武士として、それ以上に親としての覚悟、悲惨な運命を背負ったその父と娘の間を往復しつつ、図らずも「生きること」の意味を見いだし、生きる意味を抱えて生き続けることの覚悟が得られた伊沢織之助。
 私にとって〈安穏河原〉という作品の象徴、あるいは乙川作品の象徴と言ってもいいかもしれません、それが双枝 が発する「おなか、いっぱい」です、この言葉に強烈な印象をもったのです。それを思い出しました。

 (参考)「生きる」が直木賞を受賞した際の選考委員幾人かの評の概要です。
黒岩重吾:「最も優れていた。主人公をも含めた周囲の人々の呻吟が、地上を覆った枯葉の下から自然に聞えてくる。」「今回の作品で氏は見事に脱皮した。周囲の人物像にも目配りを怠らず、肌理細かく描いた結果、情感が違和感なく響き合い、人間の業が持つ侘しさ醜さを浮き彫りにした。」「何よりも感心したのは、三作とも手抜きがなく、まさに入魂の作品であることだ。」
林真理子:「読んだ時、これで受賞は間違いないだろうという確信を持った。」「それまでの候補作に見られた気取りが消え、端正な文章が一層冴えている。特に心をうったのは「安穏河原」で、生きることのせつなさが見事に表現されている。」
津本陽:「江戸時代に生きた男女の切実な人生を陰影ふかくえがいた秀作である。」「不幸な境遇を耐える人々が、感慨をこめて低い声音でうたう、追分の旋律のようなものがうねっているような、余韻のある作品だ。」「この作品集の受賞に、心から賛成する。」
渡辺淳一:「きわだつ視点や鋭利な切り込みはないが、かわりに安心して読める手堅さがある。とくにこれまで候補になった長篇では、小説がパターン化して単調になる嫌いがあったが、今回は短篇集になった分だけ、一篇一篇が引き締って、印象が鮮やかである。」「真っ当なものを真っ当に書く、その力量はたしかで、経歴からいっても当然の受賞である。」
田辺聖子:「よくできた時代小説には、読者を没入させる熱気と、それを中和する滋味、そして綿密な構成による論理性の説得力がある。」「(引用者注:表題作「生きる」は)まさしくそれで、私はこの、地味で手堅い“時代小説”にすっかり魅了された。」「山本周五郎さんでもなく、藤沢周平さんでもない、新しい時代の、新しい〈時代小説〉の誕生に居合せた、という嬉しい衝撃を与えられた。」
井上ひさし:「(引用者注:「イン・ザ・プール」と)もう一つ、一番に推したのは、『生きる』(乙川優三郎)に収められた「安穏河原」という短篇、これもまたすばらしい作品である。」「母子二代にわたる二つの川岸の光景=記憶は、読者をこころからしあわせにし、同時に、人生の深みへ誘いもする。こんなことは他の表現方法ではできない。これこそ小説の勝利である。」
出典:http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun127OY.htm


 乙川作品は、一見暗い内容に思われるその中に、実は一条の光が微かに射している、暗闇の向こうがほの明るく見える、そんな作品が多いように思われますし、それが読者を引きつけるのではないかと思います。改めて、山本周五郎賞、直木賞などを受賞した作家に相応しい信条と心、そして力量を持った作家と思います。 

 山本周五郎の「落ち梅記」、夕べ読み終えました。ホシ三っつです!

 (大晦日には、樋口一葉の「大つごもり」を読んで今年の納めとします。「・・・さては放蕩(のら)かと人々顏を見合せてお峰が詮議は無かりき、孝の餘徳は我れ知らず石之助の罪に成りしか、いや/\知りて序(ついで)に冠りし罪かも知れず、さらば石之助はお峰が守り本尊なるべし、後の事しりたや。」)

 今年 拙(つたな)いブログにも拘(かか)わらず足を止めて頂いた皆様 心から感謝申し上げます
 
 皆様には よいお年をお迎えくださるよう 心からお祈り申し上げます

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